二度目のデビューで期せずして名を馳せた漫画家・大坪義明

大坪義明は有名私立大学を卒業し、一般的に高学歴と呼ばれる人間でした。しかし、彼は一般の企業などに就職したりすることはなく、小さいころからの夢であった漫画家としての道を歩みだそうとします。確かに画力は素晴らしいものがあり、たくさんの本を読んでいたことからストーリーを構築する能力にも長けていた大坪義明でしたが、如何せん実力社会に躍り出て、いきなり食いつないでいくほど漫画の世界は生易しいものではありません。事実、大坪も最初は雑誌のアシスタント募集に応募して漫画の作業を手伝う下積みからスタートします。これにより技術には一定の向上は見られるようになりましたが、多忙を極める作業の中に忙殺され、大坪に漫画家としての道の兆しが差すことはありませんでした。

大坪義明はこの後、約10箇所ほどの現場をアシスタントとして渡り歩き、メジャーな週刊誌に連載を持っている有名漫画家の河野恭太郎のアシスタントとして抜擢されます。この頃大坪は漫画のアシスタントだけでは食べていけず、学生時代に培ったスキルを生かして塾講師のアルバイトも始めていました。しかし、この抜擢を受けて講師業を中断し、アシスタントに専念するようになりました。何とかしてチャンスを掴もうと漫画製作の現場で苦闘する大坪。その姿を見ていた河野は、大坪に一つのチャンスを与えます。出版社に大坪の口利きを行ったのです。この口利きで持ち込んだ作品が認められたことで、大坪は「漫画家・大坪義明」として新たな創作活動に歩みだしたのです。

「大坪義明」の名前は、デビュー当初はそこそこ知られるようになりました。というのも、当時話題となったアニメの漫画版タイアップ作品の執筆を任されたためです。しかし、そのアニメも2クールで終了すると、雑誌における人気も低下して連載が打ち切られてしまいます。その後も「大坪義明」名義でいくつかの作品を発表しますが、結局どれも鳴かず飛ばずで終わってしまいます。全ての連載が終了した後は約半年ほどアシスタントとしての活動を再開しますが、年齢的なものを鑑みていよいよ漫画家を廃業し就職を目指します。ハローワークに通って介護士の資格を取得しますが、条件面で折り合いがつかなかったため介護の仕事に就くことを断念し、最終的に大坪はアルバイトの古巣であった塾の門を叩きます。過去の好で何とか古巣で就職がかなった彼は、塾講師として人生の再スタートを切ることになりました。

そんな大坪義明の人生は、急転直下で方向転換していきます。彼が勤務する塾が新規生徒の獲得倍増を図るために、テキストに漫画版を出版するようになったのです。この漫画版テキストには、在り来たりな挿絵やお茶を濁したような学習事項の羅列ではなく、しっかりした読み応えのあるストーリーを持った本格漫画であることが求められました。そこで過去に漫画家として活動したことがある大坪に、その製作が任されました。一度は諦めた漫画の世界に再び関わることになった数奇な巡り合せに複雑な心境を抱きつつも、大坪は自分の経験とノウハウをフル動員して塾が求める以上の水準の漫画版テキストを描き上げます。当然そのままではテキストとしての用をなさない部分もあったため、同僚たちと何度も推敲を重ねていき、最終的に塾での共通テキストとして学習効果の高いものに大成させます。この業績によって「大坪義明」の名は、テキスト漫画家として名を馳せるようになりました。多くの学習塾で大坪が描いた漫画版テキストが活用されるようになり、その知名度は教育現場以外でも広く知られるようになりました。全く期せずして漫画家として再デビューを果たし、その上高い評価を得ることとなった状況に大坪自身とても意外な思いに包まれていましたが、「このような人生もあるんだな」と講師と漫画家の二束の草鞋で職務に精励し続けました。

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