八木雄一は今日も泣きながら歌う

八木雄一さんは京都にある場末のバーで歌っている流しの歌手です。上手な歌い手ではありませんが、どこか心に引っ掛かる、印象的な歌い方をする人だと客には人気があるようです。バーに来る客は、お酒を楽しみに来ているか、会話を楽しみに来ているのであって、決して彼の歌を聴きに来ているわけじゃない、ということをちゃんとわきまえているところが、彼が愛されている理由かもしれません。と言って存在感はしっかりとアピールしているような、そんな不思議な人だと客たちは噂しています。

八木雄一さんはいつも大きめのサングラスをかけて、頭にはバンダナを巻いています。夏でも黒い皮のジャンパーを着て、ジーンズはいつもどこか破れています。年齢は50歳くらいの中年男性で、たばこの吸い過ぎで歯が黄色くなっていて、声も酒焼けなのでしょう、しわがれた声をしています。かつて上京してレコードデビューしたことがあるという話ですが、当時の自作の曲を歌うことはほとんどなく、もっぱら客のリクエストに合わせて演歌やブルースを歌います。

昭和の時代の曲なら「その曲は知らない」と言うことがほとんどなく、よくそんなにレパートリーがあるな、と感心する客も多いのだそうです。何曲か歌うと水割りをぐいっと飲み干し、誰かがリクエストしてくれるまでずっと静かにギターの弦を撫でている様子からは、彼が本当に音楽を愛していることが伝わってきます。もう京都で10年近く流しの歌手をしているそうですが、昔は日本中を回っていたようで、仙台には別れた奥さんと娘さんがいて、もう何年も会っていないそうです。また酔っぱらってくると、今では有名になったある大物歌手は彼が歌い方を教えてやったのだということを好んで話します。それが本当のことだとは、客の誰も信じていませんが。

八木雄一さんは流しで歌うほか、イベントやお祭りなどでも依頼があれば出演します。そういう時はお年寄りの前で昔の流行歌を披露し、とても喜ばれているそうです。特に高齢の女性からの人気は厚く、いくつかの老人ホームなどではファンクラブも存在するそうです。また八木雄一さんは子ども好きで、アニメソングのレパートリーも豊富です。歌い方が昭和調なのと見た目が怖いので子どもたちは最初はあまり近寄りませんが、だんだん慣れてくるにしたがって八木雄一さんのまわりは子どもたちでいっぱいになります。そしてイベントやお祭りの最後になると、八木雄一さんはいつも泣き出します。一度も娘さんと歌を歌ったことがないことを思い出すのだそうです。

八木雄一さんが最後に娘さんと会ったのは、娘さんがまだ1歳になったばかりの頃だったといいます。
当時彼は本格的な歌手をめざし、生まれ故郷の仙台に妻と生まれたばかりの娘を置いて上京していました。しかし、思うように仕事が入ってくることはなく、有名演歌歌手の前座を務めながら全国各地を巡業するという日々が続きます。当然生活も苦しく、故郷に住む妻子にも十分な仕送りができなかったそうです。
貧乏な中、娘とともに取り残された奥さんは、まだ幼い娘を保育園に預けて働きに出るようになりました。そこで出会った男性と恋に落ち、奥さんは娘を連れてその男性のもとへと行ってしまいます。奥さんから送られてきた署名済みの離婚届を見て、彼は相当荒れたといいます。まとまった休みが取れたら、故郷へ帰って娘と風呂に入り、子守唄を歌ってやるんだ、とそれを心の励みに頑張っていたのでその落ち込みようは大変なものでした。別れた奥さんから養育費の請求をされることはなかったのですが、そのかわりに娘には会わせてもらえなくなりました。新しいお父さんを本当のお父さんと思ってもらうためには仕方のないことだから、と彼は泣く泣くその話を受け入れたそうです。
今、八木雄一さんの手元には1歳当時の娘さんの写真が一枚あるきりです。ボロボロになったその写真を大切に定期入れにはさんで、彼は今日もしわがれた声で歌を歌います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

最新投稿記事

  1. お金との付き合い方を考えることあなたはお金との付き合い方について考えたことはありますか?現代社会の中…
  2. 人間は感情の生き物と言われるように、言動が感情に左右される場合が少なくありません。しかし他方では、人…
  3. 大人の街として知られているのが目黒区です。近年は高級マンションも多く建築され、実際に住んでいる方もセ…
ページ上部へ戻る